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平凡なエンジニアの独り言 はてなブログ出張所

ピアノをこよなく愛するエセRubyistが適当に書き綴ります

フリーゲームには、作り手も遊び手も知っている発表の「場」が必要なんじゃないかな

雑談

なんかちょっと間が空いちゃいましたが、10年遅れくらいの感想になっちゃうけど、Vector的フリーソフトの時代が終わって、ニコニコ動画的コンテンツ共有が始まっているんだなぁ - 平凡なエンジニアの独り言の続きです。

上記の記事では、特にRPGツクールによるゲーム制作を引っ張って来た場として、雑誌とコンテストの時代、ホームページとVectorの時代があったという話をしました。最後に少しふれましたが、現在では、アマチュアによるコンテンツ作成/発表の場は、ニコニコ動画を中心としたウェブサービスに移っています。そして、フリーゲームを作るよりも、動画作成に移りつつもあります。

そこにあるのはもしかしたら喪失感かもしれない

私がRPGツクールユーザーをやめたのは、ソフコンが休刊になる少し前でした。Aコンやコンテストパークが終わることで創作のモチベーションを失った人も少なくないかもしれません。

技量の有無に関わらず、アマチュアが作品を作って発表するモチベーションの元となるものは、人に見てもらうことだと言えるでしょう。もちろん、お金もあるかもしれません。しかし、ゲームに限らず、ユーザーが作成するコンテンツは、費やす時間と費用を考えれば、返ってくるものなど微々たるものです。

3 〜 4時間遊べる面白いゲームを作るとすれば、ツクールを素材デフォルトのままで作ったとしても100 〜 150時間くらいはかかるでしょう。素材を自作すれば、その数倍になります。学生や社会人がチームを組んで、空き時間を見ながら作ったとして、3 〜 4 ヶ月かかるでしょうか。コンテスト(今あるか知りませんが)や即売会やシェアウェアによる収入を考えたとしても、お金でそうそう満足できるものではありません。

雑誌やコンテストが無くなることで、ツクール系のフリーゲームは「出口」を失ったと言えるでしょう。

必要なのはみんなが知っている発表の「場」

モチベーションを与えてくれる発表の「場」の有無は、ユーザー作成コンテンツにとって死活問題と言えます。動画ならニコニコ動画、絵ならpixivでしょうか。音楽だとどこなんでしょう・・・ボカロならピアプロとか、それ以外ならmyspaceとかlast.fmとかでしょうか。

さて、発表する「場」に求められることは、(簡単ではありませんが)実は多くありません。それは、「認知度」と「評価を受け取る仕組み」です。

多くの人に見てもらうには認知度の低い「場」では話になりません。フリーゲーム作成者ならば誰でも知っていて、発表の場としてファーストチョイスになるような「場」であることが大切です。そして、「評価を受け取る仕組み」も重要です。といっても、ここで言う評価とは点数のような見えやすいものである必要はなく、感想コメントを受け取れるだけでも十分かもしれません。

そういう意味では、ソフコンやコンパクなどと言った雑誌やコンテストは、「場」としても「評価を受け取る仕組み」としても作り手にとっては理想的なものです。ただ、「場」を継続するためのビジネスモデルを組むことはできませんでした。というか、特定の製品/雑誌の販促という目的だけではコストがかかりすぎて無理ですよね。

ゲームの場合、絵と同じで日記、ホームページ、即売会などのイベント、「場」、SNSを場面に応じて使い分けるのではないかとは思います。そういう意味では、ニコニコよりpixivのような性質を持った「場」の方が作り手には好まれるかもしれませんね。つまり、作り手の存在がより強く感じられるサービスと言うことになりますか。

「普通」と「特別」の融合

さて、審査のある雑誌とは異なり、ニコニコ動画やpixivに作品を投稿する敷居は大変低いと言えます。利用規約に反しない限り、「とりあえず、ニコニコ動画」とばかりに簡単に作品をアップロードすることができます。しかし、ただ敷居が低いだけでは、なかなかモチベーションを刺激しないものです。

ニコニコ動画でも見かけますが、pixivを見ていると「DR(デイリーランキング)XX位ありがとうございます!」「DRXX位とかびっくりしました」みたいな作者のコメントをよく見ます。pixivは「30万人の絵師が上位200の椅子を取り合う戦場(数字は適当、というか適当)」であるわけですが、敷居の低さだけではなく、上昇志向の作り手にとっても満足できる仕組みがあると言えます。

良いものを発表すれば評価される・・・というほど単純な世界でもありませんが、より良いものを提供し続けるモチベーションにはなるでしょう。

作り手と遊び手の交流の可視化

さて、雑誌などに掲載されたゲームであれば、コメントは編集部がつけるわけですから作り手の不快になるようなコメントはあまりつかないでしょう。ウェブに公開された作品の場合、心ない遊び手のひとことが作り手を深く傷つけてしまうことも多々あります。

ニコニコ動画やpixivでは、そのようなコメントを見つけると、他の遊び手が注意したりバランスを取るようなコメントをすることで、作り手へのダメージを軽減するように動きます。その様子を見ている遊び手も作者にどのようなコメントをすればいいのか学ぶ機会を得ることができます。(こういった仕組みが機能しなくて、発表をやめてしまう作者もいるのですが・・・残念なことです。)

まとめ

フリーゲームを活性化させるには、作り手も遊び手も知っている発表の「場」が必要です。作り手がより良いものを作るモチベーションを得られるように「評価を受け取る仕組み」が必要です。また、発表の「場」は玉石混淆となりますし、なるべきです。より、玉を増やすためにも、上昇志向の作り手が満足できるような仕組みが必要です。