読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

平凡なエンジニアの独り言 はてなブログ出張所

ピアノをこよなく愛するエセRubyistが適当に書き綴ります

ニコニコ動画が成功したのは著作権侵害のおかげではないの?

ニコニコ動画が成功したのは著作権侵害のおかげではないのかなと思いました。

「なぜこんなにうまく行ったかと聞かれて、一言で答えたいけど、結局は日々の努力だと思う。地道にやるしかなくて、後はラッキーが待っているだけ。ニコニコ動画の人気がこれから先もずっと続くかは分からないし、新サービスも当たるか分からないけど、とにかく良いものを作っていく」

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20361283,00.htm

就職活動関係のイベントなので、開発チームやベンチャー風土の話にするのは、それはそれで正しいと思います。ニコニコ動画の開発者たちはすごいのです。ニコニコ動画のシステムは、伝説的*1な開発者たちが集まってものすごい勢いで組み立てられています。成功の要因はそこにもあると思うし、彼らなくして成功はなかったとも思います。

それでも、ニコニコ動画が成功した理由は著作権というか、人間のコンテンツの楽しみ方と密接なかかわりがあります。あまり上記記事とは関係ないのですが、その辺を整理してみます。

ニコニコ動画の成功は、ある重要な事実にユーザーが気付いたからです。それは、コンテンツというものは、基本的に半完成状態で提供されているということです。もちろん、ごく一部の優れたコンテンツはそれだけで完成品*2でしょう。でも、多くのコンテンツは、ユーザー側が「何か」をしないと面白くはならないのです。

スポーツ観戦なら「応援という行為」かもしれません。歌なら「カラオケで歌うこと」かもしれません。エヴァやひぐらしはそれだけで優れたコンテンツですが、「その謎について考えたり話し合ったりすること」によって面白さが増幅されます。ニコニコ動画が現れる以前から、ユーザー側が「何か」をすること(≒広い意味ではコンテンツの作成に参加すること)によってコンテンツは消費されてきました。

コンテンツの消費は参加と表裏の関係にあるといってもよいでしょう。

参加のレベルには、自分で作ってしまう深いレベルから、人と雑談する程度の浅いレベルまであるでしょう。ニコニコ動画が表れたことによって、ユーザーから見るとできる「何か」の幅が広がりました。コメントをつけてもいいですし、MAD を作ってアップしても構いません。なにより、ユーザーが「何か」をするための素材となるものは、著作権を侵害することによって豊富に得ることができるようになりました。

ニコニコ動画がずるいとかネガティブな意味合いで言いたいわけではありません。著作権の問題は、ニコニコ動画がというよりは、ネットの宿命だったわけです。ニコニコで大量の著作権侵害を行うことによって、ようやくコンテンツの楽しみ方とビジネスにおける何かひとつのあるべき姿の影の輪郭*3が見えてきました。これは、何か我々を取り巻いていた閉塞感を打ち破る一つのきっかけの始まり*4かもしれません。

こうした背景を考えれば、ニコニコ動画の成功には膨大なコンテンツが必要で、コンテンツを取り巻く文化も必要で、ある意味では抵抗勢力とも言うべき「権利者」という存在も必要で。開発者のがんばり物語にしてしまうにはあまりに惜しいのです。少人数チームによる面白いモノ作りなんてはてなの人にでも語らせておけばいいと思います。*5

さて、ニコニコ動画は大量の著作権侵害によってビジネスの可能性を半ば強引に切り開きました。権利者の方々はさぞかしお怒りのことだと思うので、これから上手いビジネスモデルを組んでニコニコさせてほしいところです。400 万ものユーザ*6が支持しているわけですから、十分に可能でしょう。

以下、蛇足(1)。

黒字化していないからニコニコは成功していない・・・という人がいます。でも、今のモデルを大きく壊して、たとえばユーザー生成コンテンツの芽をつぶすような形で黒字化しても、それは成功なんですかねぇ・・・。400 万ものユーザを得た時点で成功してると私は思います。

以下、蛇足(2)。

それでも、著作権のあり方までには踏み込めていない現実があり、最近のパブコメ騒動にも通ずるものがあります。MiAU でもどこでもいいですが、ネット社会における権利者も儲かるユーザーも喜ぶ著作権理想像みたいなものを提案(いきなりは難しいでしょうけど)しないことには、現状ベースで話をしていても、ニコニコのようにやや無法者に近いアプローチをするしかない気がします。それもなんだかなぁ・・・。

*1:実際、IT エンジニアにとっては知る人ぞ知る人達なんですよ、彼らは。

*2:でも、どれほど優れた作品であっても、一人の人と作品の間で完結することはないと私は思います。感想を人に聞かせたり、感情を「再現」するところまで含めてひとつなぎだと思います。

*3:とにかく、おぼろげであると言いたい。

*4:とにかく、これからくる大きな一歩の前の小さな小さな一歩であると言いたい。

*5:そういう意味では、ドワンゴでいろいろな権利者と調整している人たちも、乙!ですねぇ・・・。

*6:ID 数なので、実数はもっと少ないでしょうけど。