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平凡なエンジニアの独り言 はてなブログ出張所

ピアノをこよなく愛するエセRubyistが適当に書き綴ります

オタキングを攻撃する根拠は今はない。作るか?

岡田斗司夫さんの著作権の誤用によって大変な騒ぎが引き起こされたわけですが、法的には岡田さんを攻撃することができません。法律としては理解できますが、感情的に理解できない人はたくさんいると思います。今、MiAU私的録音録画小委員会中間整理に関するパブリックコメント案が出されています。これを読んで、合点が行ったので、紹介します。

また、合法アップロードを明確化させることで、今回の違法化に対する上記の懸念を払い去ることができるとは思えません。権利者や権利団体の中には、たとえば著作権が切れているはずの鳥獣戯画のような古典作品について、保有してもいない著作権を主張することで、私たち一般ネットユーザーの自由な利用を萎縮させようとする人たちも存在しています。

合法ダウンロードマークを明示するよりもむしろ、著作権を主張するコンテンツの提供者に対して、合法な利用行為に関する必要十分な提示を義務付け、合法的であるはずの利用が禁止されているかのような権利表示を違法化するという法改正こそ必要ではないかと考えます(実務的な観点から、改正法運用当初は、そのような「違法行為」について、刑事罰までは定めなくても良いと考えます)。

http://miau.jp/1193380201.phtml

ご存知のように、岡田さんに限らず、著作権が定めている権利を越えた権利主張をする人たちはたくさんいます。JASRAC を思い浮かべる人もいるかもしれませんし、こちらのエントリでは、もっと多くの事例を紹介しています。

つまり、岡田さんを攻撃する人の根拠を理論化すれば上記のような記述になり、今まさに本件に関する法律の攻防が行われていることになります。(ただし、違法ダウンロード違法化の妥協点を探ってしまいそうで、上記の記述は私は微妙と感じています。ただ、既存の権利団体などにとっては呑めない厳しい要望だと思いますが。)

以下を参照してください。

言論の自由、表現の自由と、著作権とどちらが優先されるかと言えば、私は前者だと思います。
だからこそ、著作権法32条で引用には著作権は及ばないとされているのです。
言論の自由、表現の自由よりも著作権が優先されることは、あってはならないと思います。

http://d.hatena.ne.jp/copyright/20071029/p2

こうした事情から、虚偽の著作権表示の違法化には反対しているそうです。この理由は私にもよく理解できます。

今、感情的に議論しているものが、実は法律改正の焦点の一つになっています。はてブや増田で垂れ流すも良いですが、パブリックコメントを出すことで、変えられるものもあるかもしれません。出し方は、MiAU のこちらを参照してください。