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平凡なエンジニアの独り言 はてなブログ出張所

ピアノをこよなく愛するエセRubyistが適当に書き綴ります

「創作のプロであるということ」を読んで

以下のエントリを読んで感じた違和感について。NScripter の作者の方(id:NaokiTakahashi 氏)。

プロであるかどうかなんて、本来考えるまでもなく分かりきっている問題なのだ。預金通帳にどこからどういう名目で入金されているか、ってことでしかないんだから。

http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20070812#p2

正論なんですけど、素直に同意できないものを含んでいます。なぜでしょうか。「プロフェッショナルに変な意味合いを付加しようとする考え方に反対」という意見には賛成です。プロを変に崇高なものにしてしまうと生じる不利益もなんとなく想像がつきます。お金をもらっていればプロ、お金をもらえていればプロ。これもその通りです。

何に引っかかるかというと、漫画でも音楽でもそうですが、クリエイターの作品に関しては、いや、おそらくどのようなものを買ったとしても、「お金の払い損」に遭遇することが頻繁にあるということです。うまい宣伝にだまされたとか。賢い消費者になれといっても、買って中身を見てみないと良し悪しがわからないものが多いですから。

そう、消費者がだまされた感を味わうことが多いのも、「クリエイターの仕事」です。

(昨今の漫画家に多い現象として、作品の質の上下が激しかったりしますが、本当はそういう作家は買いたくないですね。中身を見てから買えるようになればいいんだけどなぁ。表紙でだまされることも頻繁にあります。まぁ、しょうがない。)

だけど、実際にちゃんと仕事になるものを作るってのは、シビアな技術、力比べの問題だぞ。実際にやれるかどうかという、まさしく残酷な事実の問題でしかない。

http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20070812#p2

うまくいえないのですが、その残酷な現実を突きつける側が、本当に消費者になっているかに疑問を持っています。マーケティングの良し悪しとか、いろいろなものが作品の売り上げに影響を与える以上、上記の真理にはノイズが混ざります。つまり、プロクリエイターの人が儲かっている理由は、その人自身の実力によるかどうかはわからないってことです。このノイズがある限り、作り手にはプロ意識のようなものが求められるし、職業倫理のようなものも求められるんじゃないかな。